| 山田家本屋(やまだけほんや) | |  | | | | 県指定文化財(建造物) | | 指定年月日: | 昭和41年6月10日 | | 所 在 地: | 周南市湯野(ゆの)4202番地2 地図を見る | | 時 代: | 江戸時代 |
| | | 山田氏は戦国時代末期、初代・十右衛門(じゅうえもん)が毛利元就(もうりもとなり)の三男・小早川隆景(こばやかわたかかげ)の家臣となり、江戸時代には萩藩の重臣・堅田(かただ)氏の家臣を勤めました。 その在郷住居である山田家本屋は江戸時代中期の建築といわれ、かつては戸田(へた)の山陽道沿い、湯野温泉入口の西に位置していました。茅葺平屋建で約82坪、15部屋余りの広さがありましたが、昭和39年6月に徳山市に寄贈され毛利町に移転、6割が復元されました。 その後、周南地域の市・町が要望した県総合庁舎の建て替えに伴い、堅田家の所領としての地縁等の諸条件を勘案して、平成10年に湯野へ移転復元することになりました。平成12年に解体した後、平成15年10月に竣工し、10月4日から一般公開されています。 建物は中門造(ちゅうもんづくり)といわれる様式で、脇床吊棚の襖絵は江戸後期の徳山藩お抱え絵師朝倉南陵(あさくらなんりょう)が描いたもので、下部は隠し引出しになっています。他にも回転式雨戸、台所の筵天井(むしろてんじょう)など各所に工夫をこらした造りが見られます。 幕末には萩藩主・毛利敬親(たかちか)をはじめ、村田清風(むらたせいふう)、中山三屋(なかやまみや)などの勤皇の志士が立ち寄ったといわれ、歴史を今に伝えています。 |
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