わが国における地籍調査の歴史は、
1.大化の改新(西暦646年)における土地の調査 「班田収授法」の資料によると、大化の改新(西暦646年)において行われた班田収授のための 土地調査が最初のものとされています。 当時は、区画された耕地の位置を定める方法として、条里坪制という方法が用いられ、天平14 年(西暦742年)には、ほぼ全国的に統一された班田図が整備されました。
2.荘園制の発達(西暦800年代) 大化の改新によって持ち込まれた土地の公有制は、その後、田地の不足から開墾が奨励され、 開墾地の私有化が認められることになったことによって、崩れ始め、荘園制が発達するように なりました。
3.近世封建社会にあっての検地(西暦1590年頃) 封建領主の財政が農民の貢租(税)に頼っていたころから、耕地面積を正しく調査するための 検地(太閤検地など)に力を注ぐようになりました。 しかしながら、この時代の測量は、現在からみると誠に不正確なものでした。 
4.明治6年(西暦1873年)からの土地の調査 地租改正条例の発令(西暦1873年)によって、従来の村単位での物納による貢租から個人 単位のお金による納税制度に改められることになり、土地の面積、位置関係、地番等を明確 する必要が生じたため、改めて土地の調査、丈量の作業に入りました。 その結果として「野取台帳」と「野取絵図(通称:団子図)」が完成しました。 
5.明治20年(西暦1887年)からの土地の調査 明治6年に作成した図面は、現在でも登記所に備え付けられている字限図の基礎となっている ものですが、現地と不突合のものが多かったことから、明治20年(西暦1887年)に「地図更正 の件、町村地図調整及び更正手続」が布達され、再び全国で地押調査及び丈量の作業に入り ました。
  
6.これによって完成した図面は、一般に「公図(地図に準ずる図面)」と呼ばれ、地籍調査の行わ れていない地域では、いまだ利用されています。 
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