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海軍燃料廠は、燃料貯蔵のために昭和11(1936)年から大迫田に5万トンタンク20基の建設を始めました。直径88m、高さ11mの鉄筋コンクリート製で、毎日労働者2000人が人力で掘削にあたったといわれています。 戦局の悪化に伴う資材不足、重油の不足により、12基で工事は中止されました。戦後、撤去され、跡地は周南緑地(東緑地)として整備されました。